特定技能外国人との雇用契約を結ぶ場面で、「何を盛り込めば法令違反にならないのか」「支援内容の範囲はどこまで必要か」といった疑問や不安を抱える方は少なくありません。制度の趣旨を正しく理解し、求められる契約内容を具体的に把握することで、無用なトラブルを回避し、受け入れ体制の信頼性を高めることが可能になります。本記事では、雇用契約書の作成に必要な要点と注意点を明快に解説します。
特定技能制度における雇用契約書の位置づけとその法的根拠

制度の背景と雇用契約書の関係性
特定技能制度は、国内の人材不足が深刻な分野において、一定の技術水準を備えた外国人を受け入れる目的で創設されました。対象となるのは即戦力として現場で業務を遂行できる人材であり、研修的な性格を持つ技能実習制度とは趣を異にします。
この制度における雇用契約書は、単なる労使間の同意文書ではありません。法的に正当な労働関係の根拠を示すものであり、在留資格の審査にも密接に関わっています。契約の内容に不備があると、在留資格の認定が却下される可能性があるため、制度を利用する事業者にとって、その内容の正確性と適法性は極めて重要といえるでしょう。
また、契約書には就労の範囲や労働条件、報酬に関する具体的な内容を明記する必要があります。ここに曖昧な表現が含まれていた場合、後の紛争や行政指導の対象となることも少なくありません。
受け入れ企業側が果たすべき責任として、契約書の翻訳対応も求められる場面が増えています。外国人本人が十分に理解できる言語で契約内容を確認できる体制を整えることは、制度運用上の信頼性にもつながります。理解の行き違いが原因で、後に重大な誤解や法的責任が発生することを防ぐための配慮です。
契約書に求められる法的整合性
雇用契約書を作成する際には、労働基準法をはじめとする国内法令との整合性を確保しなければなりません。とりわけ、労働時間・休日・賃金などの基本条件については、明文化された内容が労基法に適合しているかを丁寧に確認する必要があります。
特定技能制度では、一般的な雇用契約に加え、生活支援や行政手続きの補助といった付随的な対応も契約事項として求められる傾向にあります。これは、受け入れ対象となる外国人が、生活面や文化的側面でも日本に適応できるようにするという制度設計上の配慮に基づくものです。
加えて、入管法の観点からも、契約内容は制度の活動範囲と一致している必要があります。たとえば、契約で示された職務内容が、対象分野として認められていない業務であった場合、その契約は無効と判断される可能性があります。
このように、契約書はただ形式を整えるだけでは不十分です。実務上の運用と書面上の記載が乖離していないかどうか、第三者の目線でも整合が取れているかを常に意識しなければなりません。書面では週休二日と記されていても、実態が異なっていれば、制度の信頼を損なう結果となりかねません。
制度全体を正しく理解し、法的根拠に基づいた契約書を作成することは、受け入れ企業自身の法的安定性を守ると同時に、外国人労働者の安心にも直結します。形だけでなく実質としても有効な契約であるかどうかが、受け入れ体制の質を決定づける要素となるのです。
雇用契約書に明記すべき基本情報とは何か
就業条件の明記とその理由
特定技能制度において外国人を雇用する際、雇用契約書に盛り込むべき基本情報には一定の形式と実務的な整合性が求められます。特に就業条件に関する記載は、契約の中核を成すものであり、労使双方が納得したうえで締結される必要があります。
まず確認すべきは、業務の内容です。特定技能制度は分野別に活動内容が限定されており、契約上で取り扱う職務がその範囲を逸脱してはなりません。職務の記載が曖昧であると、審査の過程で疑義が生じ、在留資格の認定に支障をきたす可能性があります。業務内容は簡潔かつ具体的に表現し、特定技能の範囲に即した形で記述することが望まれます。
また、労働時間や休憩時間、休日に関する情報も不可欠です。これらの条件は、労働基準法により記載が義務付けられているものであり、外国人労働者にも例外なく適用されます。勤務形態がシフト制であれば、その運用方法や交代のルールについても触れておくべきでしょう。
報酬に関する条項では、基本給の金額だけでなく、支給方法、締切日、支払日なども明記しておく必要があります。交通費や各種手当の取り扱いも含め、支給に関する情報を整理しておくことで、給与に関する誤解やトラブルを防ぐ効果が期待できます。
さらに、雇用契約の期間も明示しておくべき項目です。特定技能の在留期間に準じた契約期間を設定し、更新の可否や更新時の条件についても記載しておくことが推奨されます。途中解約や契約解除の条件にも触れておけば、双方にとって予測可能性が高まります。
契約の安定性を保つうえで、社会保険の適用状況についても触れておくべきです。健康保険・厚生年金保険・労災保険・雇用保険といった法定福利について、その加入状況と事業主負担の有無などを記載することで、外国人労働者側の安心感を高めることができます。
記載内容が明確であることは、制度上の要請に応じるだけでなく、受け入れ企業にとっても管理コストの削減や内部統制の一助となります。契約時に不明瞭な点を残したまま就労を開始させた場合、その後の対応に多大な労力を要することにもなりかねません。
日本語能力に配慮した表現設計
外国人との契約にあたっては、書面の内容をどの程度理解しているかが問題となる場面が少なくありません。日本語能力に差がある以上、雇用契約書の表現には一定の工夫が求められます。
原則として契約書の原本は日本語で作成されますが、同時に理解促進のために翻訳版を用意することが現実的です。ただし、翻訳の精度が低ければ誤解の原因になりうるため、専門知識をもった翻訳者が関与することが望ましいといえます。
契約書に用いる言葉も簡潔かつ明快な語句を選ぶよう心がける必要があります。業界特有の用語や略語は、可能な限り補足説明を添えるか、一般的な表現に置き換えて伝えるべきです。たとえば「諸手当」や「裁量労働制」など、解釈が分かれる可能性のある言葉は特に注意が求められます。
また、契約時には説明責任も発生します。単に契約書を提示するだけではなく、口頭での補足説明を行い、その内容を記録に残しておくことも有効な手段です。後日になってから「知らなかった」と主張された場合でも、十分な説明がなされたことを示す証拠があれば、誤解を最小限に抑えることが可能になります。
翻訳対応を含む契約書の設計は、単に形式的な措置ではなく、信頼関係の構築に直結する要素です。内容を正しく伝え、納得したうえでの契約が成立していることは、制度運用の健全性を保つうえでも欠かせません。
雇用契約書における支援計画の記載義務と具体例

支援の定義と義務範囲
特定技能制度に基づく外国人の受け入れでは、単に雇用契約を交わすだけでは不十分です。制度上、受け入れ企業または登録支援機関は、外国人が安心して生活・労働できるよう「支援計画」を策定し、その実施が義務付けられています。この支援計画には、生活に必要な知識の提供や行政手続きの補助など、多岐にわたる内容が含まれます。
支援業務の範囲は、制度により明確に定められており、たとえば生活オリエンテーションの実施、住居確保の支援、銀行口座の開設補助、日本語学習の案内などが挙げられます。これらの対応は、特定技能外国人が日本社会に順応し、長期的に安定して働くための土台を整えるものとされています。
雇用契約書には、これら支援業務の実施主体が誰であるかを明記しなければなりません。企業が自ら支援を行う場合と、登録支援機関へ委託する場合とでは責任の所在が異なるため、契約上でもその役割分担を明らかにしておくことが不可欠です。
加えて、支援計画の各項目が具体的に記載されていなければ、監査や確認の場面で不備とみなされるおそれもあります。支援を行うとだけ書くのではなく、何を、どのような形で行うかを示すことで、制度上の信頼性が担保されます。
支援内容の不履行は、制度運用上の重大な問題と見なされるため、計画の形骸化は避けるべきです。書面に記すべき内容を精査し、実施体制と一致させる必要があります。こうした準備がなされているかどうかは、契約書の段階から問われていると考えるべきでしょう。
具体的な支援項目の記述方法
支援計画を契約書に反映させる際には、内容の具体性が鍵となります。たとえば「生活支援を行う」といった表現だけでは不十分であり、どのような支援を、いつ、どのような方法で実施するかまで踏み込んで記述する必要があります。
生活オリエンテーションについては、実施時期や実施場所、対象とする内容(公共交通の利用方法やゴミ出しルールなど)を明示しておくと、実効性の高い契約内容になります。また、日常的な相談対応を行う場合には、対応時間や連絡手段、使用言語なども記載することで、労使間の認識のずれを防ぐことが可能です。
住居に関する支援については、物件探しの範囲や契約手続きへの関与の有無を明記することが重要です。家賃補助や連帯保証の可否も記載対象となり得ます。こうした詳細を省いてしまうと、契約の履行段階で支援が不明確となり、外国人側が孤立する結果を招く場合があります。
また、支援内容の中には継続的なものと一時的なものが混在しています。その区別を明示することにより、双方の期待値がずれることなく、現場での運用においても齟齬が生じにくくなります。
翻訳版を用意する場合には、支援項目の訳語にも注意が必要です。特に「支援」と「補助」などの表現は言語によって意味が異なりやすく、正確性に欠ける翻訳は後のトラブルを引き起こしかねません。契約書原本と翻訳版の整合性を保つためには、表現の選定に一定の専門性が求められます。
記載内容があまりに形式的になると、支援の実効性が損なわれてしまいます。制度においては「計画して終わり」ではなく、「実施し、定着させる」ことが評価されるため、契約書の段階から現実的かつ実行可能な支援項目を設計しておくことが求められます。
契約時に注意すべき在留資格との整合性
契約内容と在留資格の審査の関係
特定技能制度では、契約書の内容と申請される在留資格との整合性が制度運用の前提として求められています。在留資格が許可されるかどうかは、提出された契約内容が制度趣旨に則っているかどうかにかかっているといっても過言ではありません。
契約書上に記載されている職務内容が、特定技能の対象分野と一致しているかどうかは、入国管理局によって厳しく審査されます。制度上定められた業務以外の内容が含まれていた場合、それだけで不許可となるケースも存在します。たとえば、清掃業務が中心であるはずの職種に、接客や営業など他業種的な要素が含まれている場合、契約書自体が不適格と判断されるおそれがあるのです。
また、職務内容に付随する作業の扱いにも注意が必要です。制度に適合していると思われる業務であっても、実際の運用上で主たる業務と乖離していると見なされれば、在留資格の更新時に問題が発生することもあります。そのため、契約書の段階から想定される実務内容を具体的に記載し、制度との整合性を意識することが求められます。
さらに、勤務地や労働時間、就労形態などの労働条件に関しても、在留資格の許可要件と密接な関係があります。労働時間が極端に短い、あるいは労働環境が過度に変動的であるような内容は、適正な雇用関係とみなされにくくなります。こうした観点からも、契約の整備は慎重に行わなければなりません。
申請書類としての契約書は、形式的な体裁を整えるだけではなく、制度の理念や労働実態と適合していることを求められるため、記載する一語一句に気を配る必要があります。
契約書が更新・変更される場合の注意点
契約期間の満了や業務内容の変更に伴い、雇用契約を更新する場合は、新たな契約書を作成する必要があります。この更新時に見落とされやすいのが、在留資格との継続的な整合性の確認です。既存の契約内容をそのまま流用するのではなく、現在の実務と照らし合わせて適宜修正を加える姿勢が求められます。
特に職務内容の変更は、在留資格そのものの見直しを迫られる可能性があるため、慎重な対応が不可欠です。制度の枠を超えるような業務に移行する場合は、在留資格の変更申請が必要になる場合もあります。たとえ契約上の職種名が変わっていなかったとしても、実質的な業務が異なると見なされると、制度上の矛盾が生じてしまいます。
また、契約更新の際には、新旧契約の間に空白期間が生じないよう留意する必要があります。在留資格の更新審査では、連続した雇用関係が確認されることが一つの要件となっており、契約期間に齟齬がある場合は申請に不備があると判断されかねません。
変更内容を明確に記載し、双方が合意のうえで署名・押印した契約書を提出することが、制度上も運用上も重要な意味を持ちます。あわせて、変更点を関係書類や内部記録にも反映させることで、監査対応やトラブル防止にもつながります。
契約の更新や変更が行われる場面では、在留資格との関係を再確認し、必要に応じて専門家に相談することも有効です。制度に適応しながら柔軟に対応できる体制を整えておくことで、長期的な受け入れ体制の信頼性が確保されます。
誤解を招きやすい表現とその回避策
よくある曖昧表現とそのリスク
雇用契約書の記載内容が明確でなければ、読み手の理解が分かれ、後々のトラブルにつながる可能性が高まります。とりわけ、外国人を対象とする契約書では、解釈の幅がある表現が原因となり、制度運用に支障をきたす場面が少なくありません。
「待遇に準ずる」や「原則として支給」などの語句は、その典型といえます。文脈によって意味が変わるため、具体的な行動や条件が伴わない場合、契約内容としての信頼性が揺らぎます。たとえば、「必要に応じて支援を行う」といった記述では、支援が義務か任意か判断がつかず、受け入れ側の責任範囲が不透明となります。
加えて、曖昧な文言は翻訳時にも齟齬を生みやすくなります。特定技能制度においては、外国人本人が内容を正確に理解できる状態で契約が交わされていることが重要視されていますが、もとの日本語が曖昧であれば、どれほど翻訳に気を配っても意図を完全に伝えることは困難です。
また、支援や手当の項目で用いられる「必要に応じて」「状況を見て判断する」といった表現も注意が必要です。一見柔軟な対応を示しているように見えますが、契約書としての拘束力を欠く結果となりかねません。このような表現は、当事者間の信頼が損なわれる原因となるだけでなく、行政機関の審査や監査においても指摘の対象となることがあります。
制度の要件に適合していたとしても、表現が曖昧であるという一点で契約書全体の信頼性が低下することもあるため、表現の選定は慎重に行うべきです。
明確でトラブルを防げる表記方法
曖昧さを回避するためには、具体性のある語句と行動レベルでの記述が求められます。たとえば、「交通費は会社が負担する」「月末締め・翌月25日払い」「週に1回の生活相談を実施」など、内容と範囲が明確である文言を採用することが望ましいです。
単語の選定においても、解釈に揺れが生じにくい語句を使うことが基本となります。抽象的な表現を避け、「補助する」「実施する」「支給する」といった明確な動詞を用いることで、契約内容の透明性が高まります。翻訳を行う際にも、動詞を中心とした文構造は誤訳のリスクが低いため、表現の正確性を保ちやすくなります。
支援に関する記述では、誰が・何を・いつ・どのように行うのかを明記する姿勢が求められます。「支援を行う」という一文で済ませるのではなく、「入国後1週間以内に生活オリエンテーションを実施し、対応者は登録支援機関とする」といった形式で表現すれば、責任の所在や実施時期が明確になります。
なお、制度上必要とされる契約書の翻訳版においても、曖昧な原文を基にしては意味が通らなくなる恐れがあります。したがって、日本語原本の精度を高めることが、翻訳版の正確さにも直結するといえます。
契約書の作成時には、読み手の立場に立ち、異なる文化的・言語的背景を持つ相手が理解できるかどうかという視点も欠かせません。文法的な正しさだけでなく、内容の実用性と伝達性を両立させた文書設計が、円滑な制度運用を支える基礎となります。
登録支援機関との役割分担とその反映方法
雇用主と登録支援機関の役割の切り分け
特定技能外国人を受け入れる際、受け入れ企業には生活・労働の両面において一定の支援を提供する義務があります。しかし、これらの支援業務を自社で完結させるのが難しい場合、登録支援機関に業務を委託する選択肢が用意されています。登録支援機関とは、出入国在留管理庁に認可された支援専門の機関であり、制度上の要件を満たすことで業務の一部または全部を担うことができます。
企業が登録支援機関に支援業務を委託する場合でも、責任が完全に移転するわけではありません。法的な受け入れ主体はあくまで雇用主であり、支援計画が適切に実施されているかどうかを最終的に担保するのは企業側です。このため、両者の関係を曖昧にしたまま契約書に記載することは、のちの混乱を招く原因となります。
役割の切り分けを明確にするためには、誰がどの業務を行うのか、その範囲と責任を文章で明記することが重要です。たとえば、「生活オリエンテーションおよび公的手続きの支援は登録支援機関が実施する」「緊急時の対応は雇用主が直接行う」といったように、具体的に記載することで、当事者間の理解を一致させることが可能になります。
企業と登録支援機関との連携がうまく機能しなければ、結果として支援の質が低下し、制度の趣旨を損ねる恐れがあります。よって、支援計画だけでなく雇用契約書にも、その役割分担が反映されていることが求められます。
また、登録支援機関への委託内容によっては、追加契約書や覚書を作成することも一法です。法令上の義務を遵守しつつ、現場での運用に支障が出ないような形で文書化することが、双方にとって安心材料となります。
契約上で必要な文言とその例
役割分担を反映させた契約書を作成するには、表現上の工夫が欠かせません。単に「支援は登録支援機関が行う」と記載するだけでは、業務の内容や範囲が不明確となり、トラブルの原因になりかねません。
たとえば、「住宅の確保・契約補助については、登録支援機関が支援対象者に対し、物件の紹介と契約支援を行う」といった具合に、業務内容を細分化して記載することが有効です。実施時期や関与の程度が分かる表現であれば、契約書としての信頼性も高まります。
さらに、緊急時対応や苦情受付など、柔軟性が求められる業務についても、初期段階での対応者をあらかじめ契約書に記載しておけば、実務の混乱を未然に防ぐことができます。「初動対応は雇用主が行い、必要に応じて登録支援機関へ連絡を行う」といった形で役割の境界を定義しておくことが望ましいです。
こうした記載を行う際には、契約書の文体や構成にも一定の一貫性を持たせる必要があります。複数の文書にまたがって情報が分散していると、全体像を把握するのに時間がかかり、実務上のリスクとなる場合もあります。
翻訳版の契約書においても、登録支援機関との関係性を正確に伝える工夫が求められます。特に役割分担を記載した部分は誤訳が起きやすいため、注意深く表現を整える必要があります。双方が内容を理解できる状態で契約が結ばれていることが、後々の信頼関係にも大きく影響します。
まとめ|制度を正しく理解し、安全な受け入れを進めるために
雇用契約書の整備は、特定技能制度の趣旨を理解し、安定的な外国人受け入れ体制を構築するうえで欠かせない要素です。
形式だけにとらわれず、実態と整合性の取れた記載が、信頼性のある雇用関係を築く基盤となります。